ここでの生活を始めてから約二ヶ月。初めて料理中の不注意で指を切る。
ここに居ついてこのかた血なんて幾度も見てきたけれど、料理中の怪我は初めてだった。
案外料理中の怪我なんてたいした事なかった。こんなもの今までに比べたら何とも思わなかった。不注意で包丁が床に落ちて足に突き刺さる。そんな経験をしないと駄目みたいだ。
今までさまざまな心への負荷がとてもとてもつらかった。そしてそれ以上の身体的な痛みなんてさほどありはしなかった。心への負荷を超えるような痛みなんて生きてるうちに何度経験することになるのだろう。私はまだ経験していない。初めて訪れたときが死ぬときかもしれない。でもそれでさえ心の負荷を超越していないとするならば、いったい何が私たちを殺すのだろう。痛みでは死なない。人を殺せるほどの体の痛みを超えた心の痛みで人は死にはしない。自殺にしたって、実行しないと死ぬことはできない。実行したいと思っても、死の恐怖とと戦うことになる。楽に死ぬことはできない。こんなにも苦しいのに楽には死ねない。
死を恐れず、生に執着しない。そんな人間ならどんなに楽だろう。どんなに楽に死ねるだろう。この世界は面白みがない代わりに面白みを求めるものもいない。
あぁ、なぜ心を得たのだろう。知恵だけでよかったのに。